裏庭散歩 自然探索
5月 ハイキング
5月17日、まだ少し寒いなか、地域の自然保護団体の人たち20名で近くの丘をハイキングしました。
この自然保護団体は、約1000名の会員からなっているMonadnock Conservancyです。この地域は自然ばかりなのですが、それでも、その中に人間もすまなくては人間も生きていけません。どのような共存が望ましいかはバランスの問題もありむずかしいところです。そのなかで、この保護団体は、自然を保護しながらその土地を使用する方向です。
17日に歩いたのは、ある町のダウンタウンからすぐそばの小高い丘でした。その地域は約104,000坪の範囲からなっています。そこには、家屋建設、新たな分譲地や商業・工業施設ができない規制になっています。現在使用されているのは、牧場、木の切り出し、そして、ハイキングのコースとなっています。
ガイドさんの説明をききながら1時間ほどのコースをゆっくりと歩きました。そのコースは、ボーイスカウトのアレックス君という少年が去年作った新しいコースでした。アレックス君も参加しており、はにかみながら他の人たちの賞賛をうけていました。とても素敵なコースです。Page Loop Trailといいます。
高低のある部分を歩きます。針葉樹の部分はひやっとします。そして、広葉樹の部分では温度がふわっと上がるのがわかります。ガイドさんがところどころで足をとめます。はじめに止まったのは、湿地帯。雪解けの水や近頃の雨で、小さな水溜りがいたるところにあるくぼ地です。ここは、サラマンダー(さんしょううお)やおたまじゃくしがたくさんいます。ちょうど、おたまじゃくしが卵からかえったばかりで、たくさん泳いでいます。観察しおわってら、再びゆるゆると歩き始めます。あ、これは、コヨーテの落し物、と道の真ん中にあるものを指差します。コヨーテはなかなか目にすることはできませんが、それでも、その存在はいたるところで見つけることができます。
次に足をとめたのは、ごく普通に見慣れている倒れている木。朽ちはじめています。ガイドさんは説明します。「嵐やたつまきは、自然界にとっては必要なものなのです。自然の力によって、老いた木や弱い木は倒れます。倒れることで、それが朽ち、土地の栄養となります。みてください。この少しくぼんだところは、以前木が立っていたところです。それが、木が倒れたことでくぼ地になり、そこに葉が積もり朽ち、土地の栄養となっているのです。」なるほど、と思います。平坦なばかりでは、土地のためにはならないというわけなのですね。
今度は、坂を上って、平坦な場所にでました。ここは?と思うと、「100年以上前に農地だった場所です。羊を飼っていたのでしょう。昔の人たちの住んでいた痕跡をいろいろな場所でみることができますよ。」ということ。ニューイングランド・ポテト、と笑いながら石ころをとりあげました。それは、一所に集められています。全員がそこに集まりました。「ここは一体何?」と一様に皆が言います。「多分、土地を平らにするときに集めた石をここに集めたのでしょう。」とのこと。それにしても、整然と並んでいるその石の集まりは不思議でした。「きっと何か建築物を作り始めて、途中で中止になったよ。」という人もいます。ガイドさんがいうには、「今、ここには針葉樹がありますが、数十年、数百年のうちにすべてなくなるでしょう。そして、また広葉樹がもどってくるはずです。ただ、地球温暖化のために、南部に多いブラック・オークがこの北部にも押し寄せています。」とのこと。
再び、歩き始めます。参加者が石垣のそばにある大きな朽ちて今にも倒れそうな木に寄りました。そして、大きな声をあげました。全員がその周りに集まりました。「ここに、人の名前がほってある!!」
98、と示されています。これは、1898年にその人たちが木に刻みつけたのです。どうして?という質問にガイドさんは答えます。「牧場ではほとんどの木が切り倒されました。ただ、日陰が必要だったのと、また、自分の土地の境界線のために、大きな木は残されました。きっとこの木も、名前がほってあることをみると、自分の土地と他の人の土地の境界線の証拠にされていたのでしょう。」
これは、中西部ではあまりなじみのない土地の表示方法です。Metes and Bounds という今でもニューイングランドで採用されている土地表示方法です。簡単にいうと、「Aの石垣から北にそって200メートル歩くと大きな木にぶつかる。そこを東にそって400メートルいくと、小川にぶつかる。今度は南にむかって200メートルいくと、石垣にぶつかるので、そこから西に向かって400メートルいくと、もとの場所に戻る。ここが甲さんの土地である。」という土地表示です。つまり、人間が定めた基準点をもとにではなく、自然物をもとにして土地測量をしているわけです。そのため、今でも土地の証書をみると昔ながらの記載がされていることに気づきます。
石垣にそった細い道をあるきます。先に歩いていた人たちが足をとめています。私もつられてそこにいくと、深い井戸が掘られていました。どのくらい深いのか暗くてみえません。大きな石が丹念に地下に向かって重ねられているのがみえます。おおいがないのと、道端にあるので、とても怖い気がしましたが、きっと、100年ほどまえは、きちんとした井戸端がしつらえてあったのでしょう。
ぶらぶらと歩いてもときた場所に戻りました。別世界のような気がしましたが、そんなことはないのです。すべてが繋がっています。
ただ、自然の中にどっぷりと身体を浸していると、別世界にいる錯覚に陥ります。日常の些細な悩みを一時的にでも忘れられるのは、心の癒しになります。
(5月18日)