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6月 ターシャ・チューダーの庭 (6月21日土曜日)


 

このサイトを作成する前に、6月18日(水)、ターシャ・チューダーさんが永眠されたことに、哀悼の意を表したいと思います。享年92歳でした。

 

彼女の生き方や作品に共鳴する人は大勢いました。多くの人を惹きつけたものは、彼女自身の才能はもとより、彼女の真摯さ・素直さだったのではないかと思います。

 

また、彼女の死の直後にも関わらず、ターシャ・チューダーとチューダー家族の庭ツアーを決行されたご家族・関係者の方々に敬意を示したいと思います。

 

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6月のこの週は、月曜日から金曜日までずっと雨続き。土曜日になって、突然美しく輝いた日が訪れました。

 

ターシャ・チューダーの庭巡りは、4箇所を巡る素敵なツアーです。事務所からガイドさん2名を入れて総勢26名が出発します。ガイドを勤めるのは、ナタリーさんとセスさん。ナタリーさんはフロリダ出身で全米各地の経験者。セスさんは、ターシャさんの息子さんです。

 

まず最初の訪問先は、ターシャさんのお孫さんで、セスさんの息子さんのウィンスローさんとエイミーさんご夫妻のお庭。

 

ウィンスローさんの庭まで、松林をそぞろ歩きます。松林を過ぎるとあたりにはさまざまな花が咲き乱れ、その中の細い道を老若男女が前後しながら行きます。ウィンスローさんの庭に到着すると、一同から感嘆の声があがります。マーレーン、あやめ、忘れな草、ぼたん、レィディズ・マントル、ルピナス、たちあおい、ぎぼうし、ジギタリス、西洋おだまき、芥子の花に一日百合(日光きすげ)等。さまざまな多年草が、ハーブを交えてふっと現れては、また、現れて、という具合。たくさんの花に、そこに住む人の暖かな心がみることができます。一区画毎にそれぞれの思いがここそこに込められています。小さな池には愛らしい睡蓮が浮かび、かえるがゆっくりひなたぼっこ。穏やかな気持ちをもらって、私たちはその庭を後にしました。

 

次なる訪問先は、セスさんの木工作業所。これは、と思うものは実は大工のセスさんの大切な木工作業の収納小屋でした。数にすると10棟ほどでしょうか。小さな小屋は、セスさんが丹念に作り上げる家の建造に不可欠な道具収容場所でした。他に大きな小屋も勿論あります。一生懸命説明するセスさんに質問するのは、大工仕事が好きな男性が多かったようです。仕事に使う道具に敬意を払う姿は、みていても心地よいものでした。セスさんは、お母様のターシャさんのお家を作った方でもあります。

 

その次は、セスさんとマージョリーご夫婦のお庭の訪問。高台から見下ろす風景に、参加者全員が一斉に息をのみます。あたり一面ハマナスの海。深いピンク色の花弁は風が吹くたびにいっせいにさざめき、立ち上る甘い香りがあたりを包みます。自分たちの身体をピンク色の海に沈めると、香りが現実から自分たちを引き離すのか、それとも、ピンク色と鮮やかな緑の葉の色彩が眩暈をおこさせるのか、現実と夢の境目がなくなります。進めども進めども、濃いピンク色と甘い香りの中。

 

ここには、クラブアップルの木があちこちに見受けられました。5月に花は咲き終わりました。今は、ぷっくりとした緑の実になる部分があります。セスさんが、日本語で説明してくれました。彼は、とても勉強家。私たち日本人が知らない昔の日本語を庭関係でたくさん知っていました。「クラブアップルのクラブは、蟹(かに)。どうして、かにりんごというか?それは、クラブアップルの実は食べるとすっぱい。すっぱいと、顔をしかめます。あ、その顔は?蟹のようですね。だから、クラブアップルというのです。」本当かな?

 

また、カンパーニュラ(風鈴草)がたくさんありましたが、はじめてみる種類のカンパーニュラ。とても背が高いのです。セスさんとマージョリーさんがいうには、このカンパーニュラは、ターシャさんのおばあさまからのもの。だから、他ではみることができないものになっているそうです。そういえば、いったい、この庭はどのくらいの月日がたっているのですかと参加者が尋ねます。そうですねぇ、30年くらいでしょうか。あぁ、30年。周りの人たちはため息をつきます。30年の年月の丹精な手入れと心入れが、ここにはあるのでした。

 

ご夫妻の庭を後にして、私たちは道をくだり、そして上がります。身体の辛い人は、息子さんに手を引いてもらっています。足のとても短い犬は、長い毛で暑いのでしょうか、それでも楽しそうに息を荒くつきながら坂道を登ります。行き着く先は、一面のルピナス畑。紫色の花が青い空にくっきりとはえます。みえるものは、紫と青い空ばかりと思ったら、実はそこがターシャさんのお家の入り口でした。

 

私たちを迎えるのは雄鶏の声。ターシャさんの大好きなペットです。愛らしい鶏小屋をいったりきたり、くっくっとないています。目をあげると、編垣が丹精にしつらえてあります。なんだか、日本の昔のおうちの庭のようです。ニューイングランドでよく目にする杉の板を入念に打ち付けたお家がターシャさんの家。侘び寂びがあまりわからないアメリカ人だと日本の人はいいます。でも、ターシャさんの家には、その言葉自体は通用しないのかもしれませんが、それに共通するものが底流にあるような気がします。

 

ターシャさんの庭にたどり着くまで、細い道を私たちはたどります。セスさん日本語で曰く、「何の変哲もない松の木」で大きなターシャさんお気に入りの松の木が途中にありました。あぁ、これが。3日前に亡くなった人は、どんな気持ちでこの松の木を眺めあげたのかしら。そう思いながら、私は片手でその松の木を撫でながら、その「何の変哲もない」立派な木を見上げました。松の木は私を静かに見下ろしていました。

 

庭にたどりつくと、まずはじめに、ブドウ棚が右手にみえます。左に行くと、小さなハーブ園。これは典型的なニューイングランドの台所で使うものです。小さいので、私たちも見習うことができるでしょう。これは、全体が円形になっています。中心に月桂樹。それを取り囲むようにしてさまざまなハーブが植えられています。その外周をぐるりと歩道があります。そして、歩道の外側にもう一周、ハーブが植えられています。これだと、手入れがとても簡単です。170年前にイギリスから訪れたある女性がこう言っていました。「このニューイングランドには花がない!!あるのは、鉄道の路線沿いにある野生のスイカズラ、台所用のハーブと野菜だけ。」左様。イギリスと違い、生活に精一杯の一般庶民には花を楽しむ余裕はまだなく、生活に必要なハーブの方が重要だったのです。

 

ハーブ園を下っていくと、そこは野菜畑。ルバーブ、レタス、たまねぎ、スイスチャード、豆、キャベツ、白菜、トマト、ブロッコリー等が植えられています。セスさんに教えられてわかったのですが、ぐるりと庭を取り囲んで、鹿防止の柵が備え付けられています。それはごく普通のことなのですが、びっくりしたことに、妙なものがそこにはありました。今までみたことのないほど見事なレィディズ・スリッパー(あつもり草)が一群ありましたが、そのまわりにものものしい柵と一緒に奇妙な道具。それは、なんと、もぐら防止機械でした。それを地面に差し込むのです。すると、5分毎に振動がおこり、レィディズ・スリッパーの根っこを狙うもぐらはそれを嫌ってよりつかないとのこと。目を奪われる美しいレィディズ・スリッパーにはそんな秘密が隠されていたのです。近代的な道具を使うことを避けたターシャさんでしたがこんなところに、思いもしない近代装置設置があったとは、必死で美しいお気に入りの花を守ろうとした彼女の気持ちに、思わず暖かい笑みがこぼれました。

 

そこからごく近くに、小さな池があります。ターシャの池とも、カエルの池ともよぶそうです。本当に小さい池ですが、そこにカヌーを浮かべたりしたそうです。また、サギがきて、カエルをつかまえて食べるそうです。1週間ずっと雨がふっていたこともあり、池は泥で濁っていました。それでも、ターシャさんが、サギが、動物が愛した池です。切ない思いでその濁った水をみつめると、生命を保つ深いものがそこに感じられました。

 

その池から上にあがると、あぁ、と参加者が息をのむような感嘆の声ともつかない声をあげます。ボタンとハマナスに埋もれるようにしてそこに建つのは、ターシャさんの家。ジギタリスも他の多年草もあります。でも、一番目についたのは、白いボタンとピンクのハマナス。白とピンクの色が入り混じり、後ろの家の渋い茶色がぼうっと浮かび上がります。甘いかぐわしい香りが全体を包み込み、歩いている私たちの足元さえ薄いピンクの香りに染まりそうです。

 

ツアーが終わり、おいしい軽食をいただきました。他の参加者とも談笑し、最後にセスさんやナタリーさん、ご家族の方にお礼をいいました。そのとき、30年ほど前の古いターシャさんの本に、今日の日付でセスさんに署名をお願いしました。その際、お悔やみを申し上げたところ、穏やかな表情でセスさんは、「人間は誰でも死ぬものです。母は十分人生を生きました。」と言いました。そして、続けて日本語でこう言いました。「死を悼むかわりに、人生を楽しんでください。」

 

人生を楽しむ。

 

ターシャさんがよく言っていた言葉です。これは、息子さんのセスさんやご家族に伝わり、今、こうして私たちにも伝わっています。

 

言葉で『人生を楽しむ』というのは簡単ですが、実際は非常に大変なことです。楽あれば苦ありの人生です。実際、ターシャさんをなくされたご家族のご心境はいかがなものでしょうか。それを思うと、単純に表面的な「楽しみ」を言葉で流すことはできません。自分の内部ににいったん人生の重みを入れて漉(こ)し、機会がある毎にそれを外に出し真摯に大切に取り扱っていきたいものです。

 

素敵な庭巡りとなりました。庭の美しさだけではなく、生きることを教えられた庭巡りとなりました。

 

(2008年6月21日)

 

以下の写真は、事務所周辺で撮ったものです。ターシャ・チューダーの庭めぐりでは、写真撮影はご家族の敷地内ですので参加者全員しないことが約束でした。すてきなターシャさんの庭の写真は、いろいろな写真集でみることができます。  

事務所がある建物。

 ツアー後のお茶会